応神天皇陵古墳への行き方は?神様の眠る超パワースポット

応神天皇陵古墳とは!!

大阪府羽曳野市誉田にあり百舌鳥・古市古墳群の一つでユネスコの世界遺産にも登録された応神天皇陵古墳は、正式には、誉田御廟山古墳(読み方/こんだごびょうやまこふん)や【應神天皇 恵我藻伏岡陵/おうじんてんのう えがのもふしのおかのみささぎ)】とも言います。

 

実在性や埋葬者としての可能性が高いとされる最初の天皇とも言われており、宮内庁により「惠我藻伏崗陵(えがのもふしのおかのみささぎ)」として第15代応神天皇の陵に治定されています。

 

応神天皇陵古墳への行き方は?神様の眠る超パワースポット

 

応神天皇の古墳が神様の眠る超パワースポットの理由

 

応神天皇は、八幡神とされています。つまり、日本全国の○○八幡宮と名のつく神社で主祭神として祀られている神様は、この古墳で眠る応神天皇なわけです。

 

これって、外国の宗教などで言えば、神様が眠っている場所ですから、そりゃー、超パワースポットになっている理由もお分かりになるかと思います。

 

 

関係ないですが、この動画、スマホで撮ったもので、アングル変える時に一時停止して撮った以外は、何も加工していないんですけど、画面下のほうにスーッと青いというかグリーンというか小さな光の珠が走ってるんですけど気づきましたか?

 

スピリチュアル的に、青やグリーンのオーブは神様や高貴な霊とされているそうなんですが・・・オカルトを信じたいけど信じていない僕には、残念ながら光のハレーションという判断にしかなりません。

 

ただ、そうであってもこういう場所でそういう偶然の自然現象が起こるという事そのものが不思議でありがたいとは思いますけども。

 

また話を戻すと、応神天皇を主神として、比売神、応神天皇の母である神功皇后を合わせて八幡三神としても祀っられているところもあります。さらに、応神天皇が崩御されてから後々に神仏習合で大菩薩の名前がつき八幡大菩薩になり、さらに清和源氏、桓武平氏など全国の武家から武運の神(武神)「弓矢八幡」として崇敬をうけ一気に日本全国各地に神社ができ現在のように広まっているわけです。

 

因みに、応神天皇には、いくつか名前があり例えば、誉田別尊(ほむたわけのみこと/こんだわけのみこと)と呼ばれていたりもします。

 

 

 

 

応神天皇陵の特徴や大きさは?

 

築造されたのは5世紀前半頃で、古市古墳群最大の前方後円墳となり、百舌鳥古墳群をあわせた場合でも、大仙陵古墳(仁徳天皇陵古墳)についで2番目の大きさを誇ります。

 

応神天皇陵古墳への行き方は?神様の眠る超パワースポット

 

  • 墳丘長:約425メートル
  • 後円部直径:250メートル
  • 後円部高さ:35メートル
  • 前方部幅:300メートル
  • 前方部高さ:36メートル

 

また、当時、この古墳で使用した土の量は約143万立法メートルにものぼり、体積では、大仙古墳を上回っています。墳丘は三段に積み重ねられ、斜面は一面に石がふかれています。テラスと呼ばれる平坦な部分には推定2万本に及ぶ円筒埴輪が立て並べられていたと考えられます。

 

その墳丘のまわりには二重の周濠が巡りっていて、東側では先に造られた二ツ塚古墳を避けて少しいびつな形になっています。

 

この古墳の出土遺物には、円筒埴輪や盾・ゆぎ・家・水鳥などの埴輪の他にも蓋形の木製品やクジラ・タコなどの土製品があるそうです。
文字だけだと、伝わりにくいかもですが、以前の記事で書いた当時を再現して造られた五色塚古墳>>の雰囲気で比較して見ていただくと解かりやすいかもです。

 

応神天皇陵古墳への行き方は?神様の眠る超パワースポット

 

五色塚古墳は長さが194mで、高さが18.8mほどで、だいたい少し大きな学校のグランドぐらいの大きさという印象で、応神天皇陵の長さも高さも半分ないくらいの規模です。

 

それでも、当時を再現するとあれだけの規模ですから、その倍以上の大きさの応神天皇陵は、ものすごい迫力だっただろうなーっと推測します。

 

現在は、1500年以上は経過していますから、横からみたら森にしか見えませんが、出来た当時に思いを巡らせると圧倒的な存在感だったろうと思います。

 

 

応神天皇の親族は?!

 

  • 父親:仲哀天皇
  • 母親:神功皇后
  • 皇后:仲姫命

 

  • 子女:仁徳天皇
  • 額田大中彦皇子
  • 大山守皇子
  • 菟道稚郎子皇子
  • 八田皇女
  • 雌鳥皇女
  • 稚野毛二派皇子(継体天皇の高祖父)
  • 隼総別皇子
  • 草香幡梭皇女他多数

 

となります。

 

特に注目すべきは、日本最大規模を誇る大仙陵古墳の埋葬者とされている仁徳天皇は第16代天皇で、第15代の応神天皇の息子さんになり、また、母上の神功皇后は、夫であった第14代仲哀天皇が崩御してから、自身が崩御し応神天皇が即位するまでの約70年間、実質ヤマト王権に君臨していた女帝として各地で様々なエピソードや伝説を残しています。

 

因みに、かの有名な日本武尊(やまとたけるのみこと)は、応神天皇の祖父(おじい様)にあたります。

 

応神天皇陵古墳が全てのはじまり!

 

応神天皇陵古墳は、僕の友人の家に行った時にたまたま近所にあって、そこではじめて古墳というものを実際に観て、それで興味をもって何気に調べたのが、僕がこんにち古墳や神社、お寺に強く興味を持つようになったきっかけでした。

 

私事で恐縮ですが、僕は、学生時代、一環して社会や歴史という科目は苦手・・・っというか、全く興味がなく、こんなの覚えても、何の役にも立たないという発想で、歴史上の人物や場所、出来事など、全然覚えれなかった・こなかったのです。

 

仁徳天皇は何となく聞いたことあったけど、応神天皇って全く知らなかったわけです。だけど、こちらの応神天皇を調べたことで様々な事がつながり自然に覚えていき、そうなるとこういう古墳や神社仏閣を知ったり観たりするのが面白いわけです。

 

応神天皇陵古墳への行き方は?神様の眠る超パワースポット

 

例えは、応神天皇は、崩御されて、生まれた大分の宇佐で童子の姿(ほむたわけのみこと)で現れて八幡神を宣言されたことから始まっているわけですが、そうなると、たまたま行った神社がその八幡神を信仰する源氏の神社だったり、時には応神天皇の母上の神功皇后が応神天皇を身ごもった状態で三韓征伐の際に立ち寄ってできた神社だったり、その神社で祭られている神様が神仏習合で出来た神様でお寺と縁があったり、はたまた、応神天皇とつながる他の古墳だったりという具合で自然につながって行った感じです。

 

応神天皇陵古墳への行き方は?神様の眠る超パワースポット

 

そうなると非常に歴史の地が面白く、自然に興味がでて覚えれるようになってくるわけです。

 

これが四十をとっくに過ぎた今じゃなくて学生の時だったら、少なからずもう少し社会や歴史の成績がマシだったかもと悔やまれます。

 

因みにですが、そんな歴史的なことじゃなくても、パワースポットとしてみた場合でも、神道において神社で祭られ、古墳で眠る代々の天皇は、神様ということになりますし、お寺も仏様の場所になりますから、それで言えば、古墳も含め神社仏閣、どこに行ってもありがたい場所であり、良いエネルギーをもらえるパワースポットなわけです。

 

こういうと何か宗教的ですが、僕は無宗教者です。

 

スピリチュアルやらオカルトな事は興味があるけど信じれないタイプの人間、それでも縁起は担ぎたいし、良い事だけは信じたいわけです。

 

ともあれ、あなたも機会があれば是非一度、応神天皇陵に足を運ばれてはいかがでしょうか、ひょっとしたら何か良いことがあるかもですよ(⌒ー⌒)。

 

応神天皇陵古墳へのアクセス方法

 

【地図】

 

  • 住所:〒583-0857 大阪府羽曳野市誉田6丁目
  • 電話番号:072-956-1111
  • 最寄り駅:古市(大阪府)駅から徒歩約16分-道案内
  • 営業時間:通年 0:00〜24:00

 

 

 

 

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