峯ヶ塚古墳 出土品はどんな?世界遺産への行き方は?【地図有り】

峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん)に行こう!!

峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん)は、古市古墳群の一つの古墳で、ユネスコの世界遺産登録がなされた古墳の一つです。

 

どんな古墳かを説明する前に、まずは百聞は一見にしかずで、画像を見てください。

 

峯ヶ塚古墳 出土品はどんな?世界遺産への行き方は?【地図有り】

 

峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん)の入り口

 

ここは、古墳の入り口というよりは、峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん)と併設されている峰塚公園の総合案内入り口になります。

 

まずは、モニュメントがあって・・・この直ぐ横に建物があるのですが、それは古市古墳群の資料館になっているので、是非利用されてみてください。

 

峯ヶ塚古墳 出土品はどんな?世界遺産への行き方は?【地図有り】

 

峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん)と公園の案内版があります。

 

峯ヶ塚古墳 出土品はどんな?世界遺産への行き方は?【地図有り】

 

本当の古墳の入り口は多分これなんだろうと思います。

 

峯ヶ塚古墳 出土品はどんな?世界遺産への行き方は?【地図有り】

 

こちらは、峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん)の前方右側からみた写真です。峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん)そのものは、こじんまりとした感じです。

 

峯ヶ塚古墳 出土品はどんな?世界遺産への行き方は?【地図有り】

 

 

 

 

峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん)の概要

 

峯ヶ塚古墳は、古市エリアの南側に位置する前方後円墳になります。

 

墳丘長は96m、前方部の高さは10mという大きさです。

 

この古墳が作られた当時は、二重の周濠をもつ古墳だったそうで墓域は東西168メートル、南北148メートルになるそうです。

 

峯ヶ塚古墳には、30年ほど前に、合計12回の発掘調査が行われています。その調査では、王が葬られていた石室が発見され、後円部の石室では、盗掘を受けた後がみられるものの多くの副葬品が発見されています。

 

 

峯ヶ塚古墳の出土品はこんなです!!

 

舟形石棺の石室の内部からは、銀や鹿角製などの装飾品を付けた大刀などの武器や武具、馬具など軍事的な副葬品や装飾品となる金銅製(こんどうせい)の冠帽(かんぼう)、帯金具(おびかなぐ)、魚佩(ぎょはい)、銀製の垂飾りや花形飾り、ガラス玉や石製玉類などで、その総数3,500 点以上にもなりました。

 

 

 

峯ヶ塚古墳(みねがづかこふん):アクセス方法

 

所在施設: 峰塚公園
所在地: 〒583-0854 大阪府羽曳野市軽里2丁目
時間: 24 時間営業

 

【出土品: 武器、武具、馬具、装身具、玉類、埴輪、男性人骨】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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